インタビュー⑧

宮村明美

パート歴11年の私が、今年やっと正社員になったワケ

社歴11年の新入社員!?

こんにちは、21年6月に社員になった宮村です。

社員になったばかりですが、いわゆる新入社員ではありません。

友乃家で登録ヘルパーを始めたのは11年前。ずっとパートでやってきましたが、いろいろあって今年ようやく正社員になりました。

それまで社員になる機会はたびたびいただいていましたが、なぜ今になって決断したのか。

時計の針を大きく巻き戻して、その経緯をお話ししたいと思います。

私は化学メーカーに就職した後、実家の家業を手伝っていました。

しかし、親子だとどうしてもお互いに甘えが出て、すぐ喧嘩になります。それに耐えきれなくなり、市原のゴルフ場に転職しました。

もともと経理で入ったものの、支配人の秘書や団体のお客様をお迎えするコンシェルジュのような業務も担当しました。

名前は明かせませんが、俳優の〇〇さんや××さんなど著名な方もよくお見えになり、貴重な体験をさせてもらいました。

やりがいのある職場でしたが、子どもの出産を機に退職。しばらく子育てに専念していましたが、子どもが2歳になったころ、ふたたび働くことを考え始めました。

私は何事にも自信を持てないタイプ。子育てに関しても同じで、「自分はうまくやれているのだろうか」といつも悩んでいました。我が子は発達障害があったので、「自分のせいでは」と余計に悩みました。そういうもモヤモヤを発散するため、外に出たくなったのです。

家族の介護に備えて、いまのうちに勉強を

また働き始めるにあたって最優先に考えていたのが、介護業界でした。

一番の理由は、家族の介護問題です。

かつて叔母ががんを患い、入退院を繰り返したことがありました。このとき介護の経験やスキル、知識を持った家族が一人もおらず、みんな慣れない介護で疲弊してしまいました。誰が悪いわけではないのですが、残念ながら叔母は幸せな最期を迎えられませんでした。

そのときの経験から、「自分が介護を学べば家族の役に立てるのではないか」と漠然と考えていました。

実際、夫の母は当時から少し介護が必要な状態でした。私の両親は元気ですが、いずれ介護のお世話になるタイミングはやってきます。さらに我が子のことでも福祉系の知識が必要になるでしょう。

それらのことを考えて、知人が通っていた学校でヘルパー2級(現初任者研修)の資格を取得。新聞のチラシを見て、家から近かった友乃家の求人に応募したのです。

「利用者からジュースをもらったらダメ」を知らなかった

私が働き始めたのは11年前です。友乃家はまだ小さな会社で、白金の事業所は常務の水野さんがフルで働き、社長もたまに現場に入っていました。

最初は失敗ばかりでした。

あるとき利用者さんから「おつかれさま」とジュースを受け取ったことがあります。

利用者から何かいただくことは、サービスの不公平につながるため、ルールで禁止されています。私はそれを知らずにニコニコと受け取って、うれしくて後日お返しまでしてしまいました。

事務所で世間話のつもりで話すと、水野さんに「ダメよ」と怒られてびっくり。といっても、厳しい言い方ではありません。学校では教えてくれないことも優しく教えてくれる、いい職場だなと思いました。

最初は週4日、1日3件のペースでやっていました。子育てや実家の手伝い、さらに義母の世話など、やらなくてはいけないことが多かったので、自分のペースで仕事ができたことは本当にありがたかったですね。

慣れるにつれて少しずつ時間や日にちを増やしていき、それに伴ってスキルや知識も身についていきました。

5年前には、介護福祉士の資格も取りました。介護福祉士になれば、サービス提供責任者になって利用者さんのモニタリングや介護計画書の作成ができるようになります。

ヘルパー2級の資格だけでも仕事に支障はありません。しかし将来、家族が介護を受けるときに、計画書を理解できるくらいの知識はあったほうがいいと思ったのです。

こうやってゆっくりスキルアップしてきた私ですが、サービス提供責任者や正社員になるつもりはありませんでした。勉強したのも、家族の介護に備えるためです。私には社員は荷が重すぎて、「登録ヘルパーで十分」が本音でした。

正社員になってできることが増えたのは楽しい

心境に変化があったのは、蘇我の千葉中央事業所に移ってからでしょうか。

千葉中央事業所は一時、立て直しが必要な状況に陥っていました。私は白金の事務所にいましたが、管理者の大塚さんに「手伝って」と声をかけられて移ることに。

事務所は停滞ムードが漂っていたので、きっと何も考えずにいつも笑ってる私のようなノーテンキな人が必要だったのでしょう。

この異動を機に、パートのままサービス提供責任者になりました。

提供責任者になると、いままでより書類のお仕事が増えます。もともと経理や営業事務をしていたこともあり、デスクワークは嫌いではありません。やっていくうちに、「社員として働くのもおもしろそう」と興味を持つようになりました。

ぼんやりそう考えていたときにまた大塚さんから声をかけていただき、正社員になることを決断。今年6月、11年目にしてパートから社員になりました。

社員になって、仕事量は一気に増えました。ただ、わからないところはみなさんに教えてもらえるので不安はありません。

むしろ今は楽しいです。社員になって権限が増え、介護システム内の情報なども見られるようになりました。できることが増えると、やっぱりワクワクします。まだ至らないところだらけですが、これからどんどん吸収していきたいと思います。

11年間で蓄えた知識が義母の介護に役立った

介護業界に入ってよかったのは、何といっても介護の知識が身についたことです。

いま義母は川崎の施設でお世話になっています。施設の方やケアマネさんとサービス内容についてお話する機会が多いのですが、仕事で学んだ知識のおかげでコミュケーションはスムーズです。

義母が足を悪くしてバスタブに入れなくなったと、施設の方から連絡をいただいたことがありました。詳しくお話を聞いて、「介助のやり方をこうしてはどうですか」と提案。義母は無事に入浴できるようになりました。

また、歩行困難になったときは、最初のプランになかった24時間対応の定期巡回サービスをつけてもらいました。これも専門知識がなければ難しかったでしょう。

役に立つかどうかとは別に、介護の仕事自体も気に入っています。利用者さんはさまざまですが、かわいいおじいちゃんおばあちゃんに当たったときは、思わずこっちが癒されてしまう。なんだかんだ11年続けてきたのも、ほっこりした気分を味わえるからかもしれません。

友乃家に出合ったこともラッキーでした。

11年前に働き始めたころは、本当に小さな会社でした。それがいまでは地域でも有数の介護事業者になりました。

普通は規模が大きくなると不透明さが増して、会社の全体像をつかむことが難しくなります。少なくても私が昔勤めていた大会社はそうでした。

ところが、友乃家は逆に大きくなるほどオープンになって、会社が何を目指しているのかが明確になってきました。具体的には、社長は「いつか上場するぞ」と言っています。

私自身は、どちらかというとのんびりしたタイプで、成長意欲はそれほど高くありません。ただ、友乃家が成長すれば、くっついているだけの私も便乗して成長できるはず(笑)。そう考えて、今後もしっかり会社のサポートをしていくつもりです。