インタビュー⑩

石塚 美帆

入社1年以内で管理者に抜擢された!

最初は介護と縁のないアパレル業界に

はじめまして、21年3月に入社したばかりの石塚です。

現在(インタビューを受けた21年9月時点)は千葉南事業所でサービス提供者をしており、この冬からは新しくできる事業所で管理者を務めることになりました。

めまぐるしい展開にビックリしていますが、私なりにこれまでを振り返りたいと思います。

もともと私は、介護と縁遠い仕事していました。

学生時代は、おしゃれな雰囲気に憧れて、某大手アパレルチェーンでアルバイトをしていました。

その会社は実力主義で、自分が頑張って結果を出せば年齢に関係なく認めてもらえます。かといって個人主義ではなく、チームワーク重視で雰囲気がいい。私にとっては理想的な職場でした。

満足感が高かっただけに、新卒で入った会社には不満がたまりました。サービス残業が多くてブラックなうえに、仕事の内容もいまいち。結局、すぐに転職してまたアパレル店で働き始めました。

転職後は、とても充実していました。

しかし、6年目に出産して状況がガラリと変わります。育休から復帰した後、前と同じ働き方ができなくなったのです。

昔は自分の力を100%出しても足りなければ、残業してカバーしていました。しかし、出産後は残業ができず、つねに120%で働かなければならなくなりました。働く時間は短くなりましたが、もうヘトヘトです。

そうやって頑張って働いても以前のような結果は出ないし、子どもが熱を出せば仕事を他の人に頼んで帰らないといけず、後ろめたい思いでいっぱいになりました。

能力が高ければ問題なかったのかもしれませんが、私にはそこまで能力が高くなかった。自分の限界を感じて、最後には心が折れてしまいました。

キラキラ女子がおむつ交換!?

次に見つけた仕事が介護です。

そのころ私はシングルマザーの道を選んでいました。ですから、仕事と子育ての両立が絶対の条件。「残業がない」「家の近く」「将来、資格につながって長く続けられる」という条件で探したところ、病院での看護助手の仕事を見つけました。

実は私の母親は看護師です。当然、病院での介護の話にも詳しく、「とにかくおむつ交換だよ」と聞いていました。正直、抵抗がなかったと言ったらウソになります。

実際、始めたときは「ええーっ」と何度も思いました。最初はお風呂介助がメインで、男性患者さんの介助をするのは、「ええ、えええーっ」と(笑)

でも、その病院には私より若い女性たちもいて、慣れた手つきで仕事を片づけていました。キラキラ系の若い子たちが楽しそうに働いてる様子を見ると、「介護も普通の仕事だ」という気がしてきます。数カ月すると、私もシモ系のお仕事を普通にこなすようになっていました。

その病院では2年働きました。介護の仕事を教えてくれた職場なので、とても感謝しています。

ただ、月に夜勤が2回あって、そのときだけは母に頼らざるを得なかったこと、そして女性の多い職場の「あるある」で、人間関係に悩んでいたこともあって、コロナ禍真っただ中の21年1月に転職を決意しました。

もしコロナに感染したら……。疑問は面接ですべて解消!

次は夜勤のない介護職が希望でした。となれば、デイサービスか訪問介護です。

近場でそれらの求人を探したところ、いくつか見つかった中でもっとも月給が高かったのが友乃家でした。

気になってホームページを見に行くと、訪問介護はみなさん私服を着ていました。介護の会社は制服が多いのですが、ファッション好きの私にとってダサい制服は苦痛そのもの! 転職活動当時は髪の色を明るくしていて、それが許されそうな雰囲気も魅力でした。

面接は、千葉南事業所の管理者をしている椎名さんでした。疑問だった点はすべて事前にメモしてきて、面接で残らずぜんぶ質問しました。

シンママとして一番心配だったのは、社会保険や万が一コロナになって働けなくなったときの対応です。これらもストレートに聞いたところ、椎名さんは一つひとつ丁寧に答えてくださいました。

次に、役員の水野さんとの最終面接がありました。私の疑問点は解消済みで、こちらから訊くことはもう何もありません。逆にどんな質問をされるのかとドキドキです。

しかし、水野さんからも質問はなし。「女性だって自立した働き方ができるよ」「夢を持って一緒に頑張ろう」と、励まされて終わりました。

水野さんは、元祖キラキラ系女子のような人。こういう上司が引っ張る職場なら、きっと明るくて活気があるんだろうなと思いました。

訪問介護は一人。心細くてプレッシャーあり

友乃家で働き始めたのは3月からです。仕事は訪問介護です。

病院では認知症の方もケアが多かったのですが、訪問介護は利用者さんの幅が広く、障害を持った方へのサービスもありました。また、調理や洗濯など、私が苦手としている家事の仕事もありました。

病院と違って、一人で利用者さん宅にうかがうことにもとまどいました。病院では必ず近くに誰かいるので、わからないことがあれば質問できるし、難しい介助は手伝ってもらうこともできます。

しかし、訪問介護は自分一人で、誰にも頼れません。心細かったし、「私がしっかりしなきゃいけない」とプレッシャーも感じました。

一方で、楽だなと思ったこともあります。

病院では勤務時間中ずっと動きっぱなしでした。しかし、訪問介護は自動車での移動があり、運転中は人目を気にせずリラックスできます。メリハリがついて、私はこっちのほうが合っています。

他にも細かなところで病院とは違うことがあって、訪問介護の仕事に慣れるまでは少し時間がかかりました。

正直、いまもまだ勉強中です。最近ようやく利用者さんと気兼ねなく話せるようになってきて、一歩前進といったところでしょうか。

入社1カ月でサービス提供責任者に

入社一か月後、上司の椎名さんから驚きの提案がありました。「サービス提供責任者をやらない?」というのです。

入社面接のとき、「サービス提供責任者になれば、月収がいくらになる」という話は聞いていました。それを聞いたときは、「子どもが高校生くらいになるときっと学費がたいへんだから、10年後くらいになれたらいいかな」とイメージしていました。

そもそも私は介護福祉士の資格を持っていません。まずはそれを取って、さらにその先にケアマネの資格も取って、10年くらいかけて一人前になればいい。そんな程度のフワッとしたキャリアプランしか描いていませんでした。

さらにいうと、訪問介護の仕事自体、まだまともにこなせてません。半人前もいいところなのにサービス提供責任者になることを打診されたのですから、びっくりです。

私に声をかけたのは、残念ながら「実力を買ってくれたから」ではないでしょう。

サービス提供責任者になれば書類仕事がいろいろあります。私は昔いたアパレルで鍛えられたこともあって、PCでの事務仕事はなんとかできる。利用者さん宅であたふたしているレベルの私を引き上げようとした理由は、おそらくその一点です……。

「現場の仕事もできていないのに無理です」

最初はそう返したのですが、上司の椎名さんや小川さんが「石塚さんならできるよ」と持ち上げてくれて、いつしか自分もその気に(笑)

ありがたく引き受けて、4月からサービス提供責任者としてより広くお仕事を任せてもらえるようになりました。

やる気がある人には最高の職場

いま感じているのは、友乃家は私が昔働いていた大手アパレルに雰囲気が似てるということです。

そのアパレルは実力主義で、若い店長が続々と誕生していました。友乃家も年功序列ではなく、成果を出した人にはきちんと報いる仕組みがあります。私は実力があったわけではないのですが、入社一カ月でサービス提供責任者に引き上げてもらったのは、その証拠だと思います。

チームワークが良くて活気があるところもよく似ています。最初は病院との違いにとまどいましたが、みなさんが親切に教えてくれて助かりました。

さっき言ったように、訪問介護は基本的に一人です。コロナ禍もあって、事業所のみんなで集まる機会はほとんどありません。そのため自分から積極的に行かないと他の人とコミュニケーションがとりにくい面はあるかもしれません。

しかし、こちらからガツガツいけば、みなさんあたたかく応えてくれます。おかげさまで、いまのところ人間関係のストレスはゼロです!

昇進の大チャンス。もう後悔はしたくない

実は、またびっくりする展開がありました。この冬にオープンする予定の事業所で管理者をやることになったのです。

打診を受けたのはサービス提供責任者になって3カ月目。そちらの仕事もまだ勉強中の身なので、事業所のトップである管理者なんて絶対に無理です。私はできない理由を考えつくかぎりたくさんあげて、お断りしました。

すると、椎名さんは「この問題はこうしたら大丈夫よね」「あの問題は結局、石塚さんのやる気しだいじゃない?」と、できない理由を一つひとつつぶしていきます。

断る理由がなくなった私は、「やります」と言わざるを得ませんでした(笑)

こういうと仕方なく引き受けたように思われるかもしれませんね。たしかに最初はその気がありませんでした。しかし、途中で気持ちが変わりました。

アパレル時代に心残りだったことが一つあります。もう一歩踏み出すべき場面で慎重になりすぎて、ステップアップのチャンスを逃した経験があるのです。

当時は自信がなくて、勝手に自分の限界を決めていました。椎名さんから管理者の話をいただいたとき、最初は昔と同じ考えが頭をよぎりました。

しかし、ここで二の足を踏むと、自分が成長できるチャンスをまた逃してしまう。そんな思いが湧いてきて、最後は前のめりで「やります!」と答えていました。

管理者の仕事内容をまだ理解していないので、いまも不安のほうが大きいことはたしかです。実際やってみて、通用せずに後悔する可能性も高いと思っています。

でも、いま挑戦しないほうが、きっと後悔は大きい。それに失敗したら失敗したで、いい経験になるはずです。しばらく悪戦苦闘が続くことは間違いないですが、みなさんには、どうかあたたかく見守ってもらえればと思います!